「塾をやめたり、別の塾に変えたりしないほうがいいんですか?」
「3年間、同じ塾に通い続けないと不利なんですよね?」
このようなご相談を受けることも毎年のようにあります。
考えられる原因としては…
・塾の先生からの「圧力」が強すぎて子どもが嫌になっている
・塾の宿題が多すぎたり成績やクラスが下がって意欲を失っている
・塾のクラス内の子ども同士の人間関係で何らかの問題が生じている
・心酔していた講師が突然の人事異動で他校舎所属になり消えた
・受験校選びで塾側や担当講師と親との考えが全く合わない
もちろん他にもさまざまな理由が考えられます。習い事との両立が難しいとか、遠くて通いにくいからとか、いろいろなお話を聞いてきました。親としては「総合的な判断」を求められる局面です。
判断基準は「子どもファースト」
こんな時に、何を基準に判断すればいいのかといえば、それはもうシンプルに…
「子どもファースト」
で考えればいいだけだと思います。いつも、そのようにお伝えしています。
「子どもの判断に任せる」という意味ではありませんよ。
親が一生懸命「子どもの立場になって」考えるという意味です。
例えば、お子さんにとって、
「その塾をやめたい理由」と「その塾に残りたい理由」が両方あって、
自分では心の整理も判断もできない状態だったとします。
ここで大事なことは
「親の意思」を子どもに気付かせるような発言を慎むということです。
「親としては、塾をやめても残っても、どちらでも構わない」
「一緒に考えてみよう」
ということをハッキリ分かるように伝えるということです。
子どもと一緒に考えるときは、
やめたい理由にまず寄り添ってあげてほしいです。
「それはつらいよね」「やめたくなる気持ちもわかる」と。
そして、その理由をメモに書いていってもいいと思います。
次に「塾に残りたい理由」についても、
共感を大切にしてほしいです。
「たしかにね」「それは大事にしたいと思うよね」などと。
その理由も、やめたい理由と対比的に言語化していくのがいいと思います。
いま親に話しているお子さんに
「(この話をしている現時点では)今どういう気持ち?」
などと確認をしていただくのも良いと思います。
この時点で、お子さんが感情的に「やめたい」と繰り返すようなら
正直言って、転塾を選ぶしかないように思えます。
様々な事情で親としては塾に残りたいと考えていたとしても、
無理してその塾に残ったところで、何も良いことが起きるはずがありませんよね。
この時点で、お子さんが迷っているようでしたら、
そこまで言語化してきた「やめたい理由」「残りたい理由」を
親子で一緒に眺めてみてください。
親も状況を客観視することができて、冷静になることができます。
「やめたい理由」も「残りたい理由」も一つずつ考えていきましょう。
例えば「残りたい理由」が塾の先生の授業や、友達との関係だとしたら、
授業については他の塾で「替えが効く」可能性もありますし、
友達との関係は中学入学後にも続く可能性があることを伝えればいいわけです。
実際に昨今は中学入学後にスマホを持たせたりすると、
LINEで昔の塾友達と普通に繋がっていたりもしますからね。
「やめたい理由」がクラスの人間関係だとしたら、
塾の校舎長や担任の講師に相談して、ひとつ上や下のクラスに変えてもらうことや
通学可能な別の校舎に移ることを検討してみる手もあります。
小さい塾の場合には、こういう手段は使えない場合もあるとは思いますが、
塾側と相談することを躊躇する理由はないと思います。
お子さんに寄り添って、
お子さんが「自分で判断した」と思えるような結果になるのが一番です。
その際に最も邪魔になるのが冒頭に挙げたような
「転塾すると不利になるから塾を続けさせたい」という親の邪念です。
転塾のデメリット・メリットを整理する
何事も問題なく塾を3年間続けられれば、それに越したことはないですよね。
でも、塾というのは
受験勉強というストレスを抱えた子どもたちが集まった閉鎖的な環境です。
何かが起きることの方が、むしろ当たり前だと思っておいたほうがいいと思います。
冒頭の「転塾すると不利になるから塾を続けさせたい」というのは
親の邪念だと書きました。
本当に「邪念」なのか、整理してみましょう。
★ 小4終了まで
まったく何の問題もないはずです。
中学受験生の親を一度経験すれば分かると思いますが、
小4までは「受験勉強に慣れるための」助走期間に過ぎません。
私が中学受験生の頃は、5年生になる直前から中学受験が始まっていました。
大学受験だって高1から本格的に対策を始めたりしませんよね(一部例外除く)
★ 小5~小6春
デメリットは「各塾の進度の差」が原因で一時的に生じます。
授業の進め方が「遅い塾」から「速い塾」へ転塾した場合は学習内容に空白が生じます。
特に算数においては、
「速さ」などの初歩的な内容が抜けてしまうのは正直しんどいかもしれません。
理科でも「ある単元丸ごと」が抜けてしまうのは後々苦手分野になる可能性があります。
社会でも特に歴史では「どこかの時代」が抜けるのは流れを掴むためには不利になり得ます。
ただ、それは転塾してきた生徒を受けている塾側も分かっているはずのことです。
その部分をどう補うのかについて転塾を相談する時に、塾側の考えを聞ければいいと思います。
補講なり追加課題なり、追い付くための手段を提示してもらえる可能性もあります。
それに、たとえ塾で授業を受けていたとしても、苦手分野なら同じ状況になるわけです。
苦手を克服して、追い付くための努力は塾をやめなくても必要なことだと思われます。
★ 小6夏以降
塾をやめることは出来ますが、大きい塾ほど受け入れてくれない可能性があります。
その時点で「塾から何を教わりたいのか」など、今後必要なことを考えてみてください
小4から受験勉強を順調に進めてきたご家庭なら
「弱点克服」「得意強化」「過去問」に絞られてくる時期になります。
入試突破に必要なことだけを考えれば、
本音を言えば「塾の授業が邪魔」だと感じる受験生もいたりもします。
集団塾をやめて「家庭教師or個別指導」「親が面倒をみる」に方針転換する手もあります。
小4であれ小6夏以降であれ塾をやめるのには勇気が必要です。
とはいえ、何となく塾を続けることでメンタルに悪影響を及ぼすくらいなら、
思い切った決断が必要になるという判断も当然あり得ます。
4回塾を辞めた我が子
実は我が家でも「塾をやめる決断」を何度も繰り返しました。
★ 小3は「サピックス」
上の子(男子)は小3の1学期にサピックスに入りました。親としては何となく「息子には合わないのではないか」と思っていたのですが、通っていた公文式の信頼していた先生に強く勧められたこともあり、「どうせなら早い段階で一度通ってみて、親子ともに合わないと感じたら転塾すればいい」と考えることにしました。
幼少期から「くもん」を始め、勉強関係での小さな達成感を重ねてきた息子は「自己効力感」も結構あったと思います。サピックスはそんな彼の実力を試して、さらに伸ばしてくれる環境であってほしいと思っていましたが、3年生時点では「思考力などを伸ばす時期」であって、早稲田アカデミーのように「中学受験の初歩的な内容」を扱っているわけではありませんでした。
デイリーサピックスなどは真面目にこなしていましたが、組み分けテストは良く言えば「思考力が問われる」悪く言えば「なんじゃこりゃという」問題も出てきて、小3の息子も対策方法が分からないと嘆くほどでした。まあ、天才タイプなら解けてしまうのでしょうが…(その判別のためだったのかも)
入塾時は一番上のクラスだったのに、組み分けテストのたびに1つずつクラスが落ちていき、息子から明らかに意欲が失われているのを感じました。3回目の組み分けの後には、親はもう転塾を決断していました。息子に聞いてみると「なんか負けっぱなしなのも嫌だな」「でも(自宅の近所の)早稲アカには小学校の同じクラスのやつが結構いる」とのこと。
早稲アカの校舎に親ひとりで相談に行ったところ、転塾は大歓迎(そりゃそうだ)とのこと。テキストも見せてもらい、テキストの内容と、その校舎の校長からのメッセージを息子に伝えたら「早稲アカに行きたい」。サピは11月途中の半端な時期にやめて、早稲アカ通いが始まりました。
★ 小4は「早稲田アカデミー」「四谷大塚YT(土曜テスト)」
実は私(進藤)自身は、早稲アカにシンパシーをおぼえていました。よくも悪くも「古き昭和の中学受験塾のニオイ」を感じ取っていたからかもしれません。平成末期や令和の子どもたちにフィットするかも考えずに…だったのですが。
小規模校舎で3クラス中、一番上のクラスになったのですが、人数は10人未満でした。同じ小学校の子は最上位クラスにはいませんでした。その優越感と、このクラスから落ちたくないという気持ちで息子は頑張れるようになったみたいです。入塾当初はクラスでも成績は下位で、夏合宿のクラスも一番上にはなれなかったりと、本人的には悔しい思いをしたりもしましたが、全て勉強するためのエネルギーになっていたようでした。
早稲アカでは、毎週土曜に四谷大塚の週テスト(YT)を受けることができます。受けない選択もできたのですが、我が家ではこれをペースメーカーとモチベーションにしようと考えて、受けることにしました(私自身が昭和末期に四谷大塚に通っていたことも理由として大きかった気がします)。早稲アカの組み分けテストは、四谷大塚の組み分けテストを同時に受ける仕組みでした。小4夏休み前の組み分けテストは好成績で「授業料免除の特待生」になったりもしました。息子の自己効力感が爆上がりした出来事でしたね。
早稲アカの夏合宿は志賀高原で3泊4日。上の子だったので、我が子が親元を離れて泊まりに行く最初のイベントでもありました。首都圏の色々な校舎の子と同部屋になって、刺激的だったそうです。
秋以降の息子は春ほどの成績の伸びはなくなり、同じクラスの子たちの成績も伸びてきて、早稲アカ内のテストでは、同じクラスの子の多くが上位常連となりました。「こんな小規模校なのにすごいな」と単純に喜んでいたのですが、これが我が家にとって、後に大きな落とし穴になるとは…
★ 小5は「御三家を目指すための少数精鋭塾」
中学受験塾の1年のサイクルは、中学入試が終わった2月2週目から始まります。ここを過ぎれば、塾の先生たちの大きな異動はないはずだと思い込んでいました。
早稲アカには高校受験部があり、こちらも大きな影響力のある部門です。高校受験部門の1年のサイクルは、高校入試後の3月に始まるわけです。「その可能性」は全く考えておりませんでした…
2月末の週末のある日、息子が塾の同じクラスの女子から「K先生が来週から(大規模な校舎の)西日暮里校に行くらしい」と聞いてきました。後からわかったのですが、その先生は、その女子の自宅に電話で校舎異動の連絡をしていたのでした。
息子は(他の子たちもですが)その先生に鍛えられて算数が出来るようになり、2年後の(受験の頃の)話なども聞かされながら、長い受験生活を頑張ろうと思っていたのに、何の挨拶もなく自分たちの校舎を消えていくことに大きなショックを受けてしまいました。子どもならではの思い込みではありますが、自分のことを一番期待してくれていると思っていたのに、我が家にはなかった電話連絡が女子の家にはあったことにも傷ついたのだと思われます(人気校に進学した優秀な子でした)
結局、翌週の授業は全部休んでしまいました。四谷大塚のテストも当然お休み。まだ4年生なので、それでいいと思いました。1週間たって息子に「どうする?早稲アカやめる?それとも受験やめる?」と聞いてみました。
「受験はやめない」「他の塾に行きたいかも」「電車乗って通ってもいい」という意思が示されたので、その時点でリストアップしていた3つの塾にアプローチしてみました。一番よさそうな塾は、定員が埋まっていて今は入塾できないとのこと(ちなみに数年後に下の子がその塾に入りました)だったので、次の候補だった塾の体験入塾をすることになりました。
その塾は、令和のいまでもそうなのかな…非常に昭和スパルタ臭の強い、それはそれは厳しい塾でした。私も見学しましたが「いやー正直どうなんだコレ。子ども相手にここまでやるかね」と思うような塾でしたが、なかでも一番厳しめな算数の先生に「どうだ、一緒にやってみるか?」と問われた息子は「はい、がんばります」とひと言。入塾することになってしまったのでした。
クラスは2クラスで、上のクラスで頑張っていました。後に御三家に合格するような優秀な子がたくさん通っていました。授業レベルも小5にしては高く、ついていくのがやっとという感じでした。それでも楽しく頑張っていたのですが、夏期講習中に事件が起きました。
「声が小さくて反応が薄い」という理由だったか、向こうの主張した理由は(怒りで)忘れましたが、社会の講師Yから息子を含む2人がハラスメントを受けるようになりました。その後一切、授業プリントを配ってくれなくなり、授業中も息子がいないものとして扱われているというのです。私がそのことを知ったのは、2学期に入ってだいぶ経った頃でした。もちろんすぐに校舎の責任者の先生に連絡をして、面談を申し入れました。
私が何を主張したのかは、あまり覚えてはいません。その社会講師にどんな主張があったとしても、小学生に対して許されることではない。授業料という対価を払っているのに、プリントも配らず、コミュニケーションも取ろうとしないのは許されることだと考えているのか。そんなにも許されない言動が息子にあったと言うなら、ちゃんと説明してほしい。該当講師の謝罪や校舎異動(もしくは退職)を求めたいが、校舎や会社としてはどう考えているのか。そんな内容だったと思います…
その講師よりも年下の校舎長は、いかにも板挟みという態度でした。本人には態度を改めさせる、二度と繰り返させないというので、その場は収めたのですが。その後、その校舎長は息子ともうひとりの子に対してなんと「一緒に(社会講師のところに)謝りにいこう。許してもらえば元通りだから」と言ったのだと聞いて絶句しました。向こうから謝罪どころか、ウチの息子が謝罪だと…
息子は言われるがままに謝りに行ったそうです。そして表面上は普通の態度に戻って、社会の授業が続けられていったそうです。でもいちいち言葉がきつく、他の生徒たちとの扱いの違いを感じていたそうです。
私は「もう辞めようか。また別の塾に行こうか?」と何度も息子に問いましたが、息子は「もうちょっと頑張る」と繰り返すだけでした。その言葉を息子の意思だと思い込むことにして、思考停止していたのだと思います。いま思い出しても悔しく、後悔ばかりです。親としての私の過ちをこうして語るのは恥ずかしいことですが、読んでくださる方々に、何か少しでも得るものがあればと思って書いています。
そんな厳しい環境が夏休みから3ヶ月ほど続いたある日。11月になっていましたが、息子がついに「もう塾に行きたくない」と泣きました。親として、大切な我が子にこんなにも無駄な我慢を強いてしまったことを後悔するばかりで、すぐに校舎長に退塾の連絡をしました。
校舎長は「講師Yについては私の力不足です云々」といった謝罪がありました。私は「塾の経営側に今回のみならずYの素行について報告をきちんとすること」「何年後かにYがまだ変わらず勤務を続けていたら何らかの行動を取るかもしれない」「せめてあなたは(1年後に)どこかの中学入試会場で息子を見かけたら、声をかけてやってほしい。そして握手と激励をしてやってほしい」と、こちらも最後は涙声で言ったところ、「約束します」との返答でした。
あれから10年近くが経ちました。久しぶりにその塾のサイトを覗いてみたら、まだ校舎長もYも、一番厳しかった算数講師も、お世話になった国語と理科の先生も皆そのまま同じ校舎に在籍していました。写真も当時のまま変わっていませんでした(いいのかそれで…)。息子たちと同じような歴史が繰り返されていないことを願うばかりです。

息子と同時に被害を受けた子は、その後は大手塾に転じて、難関校に合格したと聞きました。息子はその後、1月の埼玉入試で栄東中を受けに行ったのですが、コロナ前だった当時はまだ塾講師が列を作って、受験生を激励する風習がありました。漫画「2月の勝者」1巻冒頭にも出てきますよね。(子どもたちにとってはテンションも上がるし、いい風習だと思うのですけどね)
私は敷地の外から、歩いて塾講師たちの行列の前を歩く息子の姿を見送っていました。すると突然、息子が立ち止まりました。見覚えのあるメガネをかけた塾講師が笑顔で息子と握手をしていました。心なしか、息子の顔が紅潮したようにも感じました。あの校舎長が、塾をやめるときの約束を守ってくれたのでした。試験を終えて出てきた息子は、とても興奮していましたね(結果も無事合格で、2月の本番に向けていいスタートを切れたのでした)
★ 小6は「アットホームな中堅塾」
息子が小6で通った塾でも、入試までにもいろいろな事がありました。最終的には難関校に合格することが出来ましたが、親としては今でも後悔と反省ばかりです。塾関係者ではない、第三者で相談できる人があの頃いれば…と何度思ったか分かりません。それが今の私の活動の原点にあると思います。
そんなわけで、息子の小6以降の塾生活と中学受験については「受験校決定と塾の干渉」で書きましたので、そちらを読んでいただければ幸いです。

塾については外部に出てこない話も多く、身近なひとでも相談しにくいことがたくさんあるのではないかと思われます。どんなお話でもご相談に乗りますので、もしよければフォームからご連絡ください。文章では匿名にした塾での体験のお話も、よろしければさせていただきます。面談方法は3種類ありますので、気楽な方法を選んでいただければ幸いです。


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